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お正月亥年

おめでとうと周ちゃんは元気良く旦那さんと奥さんと僕に言った。
「もう雑煮はできてんのか?」と、
お屠蘇も飲まないうちから、
雑煮を食べたそうだった。
奥さんが言ってた。「ここらへん
のお雑煮は面白いんだよ。小さな大根と金時ニンジンを入れるんだ
って。そしてね、白味噌なのよ。
周ちゃんがそう言うから作ったん
だけど、ちょっと甘くて、何か変
よ。雑煮の味がしないのよ。うち
は醤油味だったから。」
僕はいつもは倉庫に一匹で住んで
るけど、お正月だからって、家に
連れてこられたから、僕もちょこ
んとおザブに座って、みんながお
正月のお祝いするのを、初めて見
たんだ。初めにお屠蘇飲んで、次
にお茶と梅干を出してた。
その次は、あんぽ柿とみかんを食
べて、その後おせちを食べてたよ。
これは奥さんの実家の習わしだっ
て言ってた。
周ちゃんは、いつも暮れになると
必ず数の子とくわいをたくさん買
って来るんだって。
奥さんは結婚した次の年のお正月
に、周ちゃんが「数の子とかいを買っ
て来たで」って聞こえて、かいっ
て何だろうと思って見たらしい。
今まで見たこともないグレーの
サトイモみたいな小さな丸っこい
のから芽がすーっと伸びているの
が「かい」というのかと思ったん
だって。
でも後からそれは「くわい」とい
う名前だって分ったんだって。
奥さんは、テレビで「くわいの美
味しい料理法」を見たから上手に
作るみたいだよ。最初皮を剥いて
から、油で揚げて、その後出し汁
と醤油味で煮るんだ。そして、
一日漬けておくと味がしみて本当
に美味しくなるらしい。
周ちゃんはそれを食べると、「う
まい!」って叫んでいた。
数の子もものすごく丁寧に薄皮を
はいで、出し汁に漬け込むんだっ
て。
僕は、食べさせてもらえなかった
けど、美味しいネコ缶を出してく
れたよ。このつづきはまたね。
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だんじりの日

ある日の朝、周ちゃんは、「ちょっと行ってくるわー!」と言って出かけて行った。奥さんはどこへ行くのか聞かなかったが、デートにでも行くのかなと思っていた。
夕方、周ちゃんは、元気良く戻って来た。「コレお土産や!」と言って旦那さんに渡したのは、なんとダンジリと書いてあるビデオだった。
朝テレビで、「だんじり」のニュースをやってたらしい。そのテレビを見たら、いてもたってもいられなくなって、岸和田まで出かけて行ったんだって。奥さんが僕に「周ちゃんも、主人もお祭り男なのよ」と言ってたことを思い出した。面白い性格だよね、90才に近い人が、ビデオをお土産に買ってくるなんて。
倉庫のソファに、親子二人でちょこんと並んで座って、大きな音でビデオを何度も見ていたよ。僕はあまりに大きな音なので、玄関の下駄箱の上にある「ととりんの部屋」に入って、あったかいふかふかの座布団に耳をおしつけて、あまり聞こえないようにして、うたた寝をしていたんだ。周ちゃんは、「お~い、トラ(周ちゃんは僕のこといつもこんな風に呼ぶんだ)面白いから、見てみい」と叫ぶんだ。なぜ「トラ」なんだよ~!僕はだよ~。

奥さん

奥さんのお父さんは、50才の頃、にかかったらしい。奥さんはその時東京の健康管理センターに勤めていたので、上司の方に頼んで、長崎大学医学部の外科教授の人に手術をして
もらうことになったんだって。奥さんは、お願いして、手術の時、何週間かお休みをもらって、家に帰ったらしい。
担当の医師は「外から診ただけですが、恐らく助からないと思います。」と言われたんだって。
手術の日、奥さんのお母さんとその親戚の人たちが病院に行って、みんなで10人位で、廊下の待合イスに座って、これからどうするか話しながら、待っていたんだって。手術の時間が短ければ、恐らく手術ができないじょうきょうでしょうと前もって言われていたらしい。ほんの2~30分した頃、誰か手術室から出てきて、「身内の方は、いらっしゃいますか?」といわれたので、「はい」と返事はしたものの、お母さんは「あ~もうダメだったとばい」と思って、立ち上がってその人のところに近づこうとしたけど、足がワナワナ震えて前に足がでなかったんだって。ようやく近づいて行ったら、お礼を用意しておいて下さいと言われたから、少しほっとして「分りました」と言ってイスに戻ってきたらしい。奥さんはその時まだ若かったので、お祖母さんや妹たちと家で待ってたらしいけど、全然手術が終わったと連絡がないので、みんなで心配しながら待っていたらしい。その手術には9時間もかかったらしいが、運が良かったのか、その手術をした先生は、「同じような手術を前の日にしましたので、これは時間を掛けるとの部分をちゃんと摘出できるかもしれないと思いました。」とあとで言われたそうな。
お父さんは、手術後1年位入院していたらしいけど、少しづつ回復して
いったんだって。奥さんはしばらく夕方から朝まで、病院のお父さんの
部屋が二人部屋で、となりのベッドが空いていたから、そこで休んでいたんだって。その時奥さんは、こう思ったんだよって、僕に聞かせてくれたよ。「もしお父さんが、まだこの世で用があるのなら、神様が命を下さるだろうし、もうこの世で用のない人間だったら、助からないのかもしれない」と思いながら看病していたんだって。
昭和50年位の話だから、まだまだ医療は進んでいなくて、奥さんが
勤めていたセンターが日本で初めてといっていいくらいの最新式の機械やコンピューターを使って検査するのが、始まった頃らしいよ。
このつづきはまたね。

周ちゃんの仕事

周ちゃんは、何でも良く知っているよ。毎日梅干を食べると身体に良いんだと言って、必ず食べてるみたい。お酒は、7分目が良いんだと言って、朝と昼と夜と3回位呑んでいるよ。家の風呂はせせこましいと言ってお風呂屋さんに行くんだ。夏の暑い日は、大きな川が近くにあるからそこの河川敷か、近くの公園の木陰で昼寝をするんだよ。河川敷までは、少し登り坂になっているのに自転車で行くんだ。すごいよね。帰りは楽チンと平坦な道まで、ビューンと降りてくるらしい。「危ないから止めて」と奥さんが言っても聞かないんだ。「下までチューッと降りるんが気持ちいいやで」だって。80才も半ばなのに、元気がありあまっているみたいだよ。
その他の仕事は、「スーパーでみかん買って来て!」とか「あそこのホームセンターまで行って、ガムテープ買って来て」とかいろんなことを奥さんが頼むんだ。すると「よっしゃ!」と言ってすぐ出かけて行くんだよ。奥さんは僕に「年寄りはこき使ったほうがいいのよ」と言うんだよ。僕には優しいんだけど、僕が奥さんの邪魔をして、机の前を走りまわったり肩に飛び乗ったりすると、「メメ!」って叫ぶんだ。僕はびっくりして、言われた時の姿勢で、急に動きが止まってしまうんだ。すると奥さんは「ととりんはおりこうだね」って言ってくれるから、いつもそうするようにしてるんだよ。
周ちゃんは、料理も良くテレビで研究しているみたいだよ。「今日はなー大根を千切りにして、ちょっとお湯につけるとシャキシャキしてな、軟らかくなるってテレビで言っとったから、わしも食べれるから作ってや」と言って、奥さんに頼んでた。奥さんはOKと言っていた。
僕にもチョコッと周ちゃんがくれたけど、僕にはあまり美味しくなかったよ。僕はもっとカリカリしたほうが好きだ。
ある日、奥さんに「これ買って来たから美味しく焼いてくれ!」と言ってステーキを2枚買ってきたらしい。「何で2枚なの」と奥さんが聞くと「一枚は息子のや、これはあんたとオレと半分ずつや」と言った。
周ちゃんもかしこい!と僕は思った。
早寝早起きも周ちゃんの習慣なんだ。朝は5時か6時位に起きて、夜は8時か9時ころには寝るんだよ。早寝早起きがモットーなんだ。
早起きで、おもしろいことがあったよ。でも今日は、もう眠いから明日ね。 CU <この言葉の意味分る人はすごいよ。分る?>

奥さんのお父さんの話

奥さんのお父さんは、書道家で、
趣味は童話を書くことらしい。
僕が「とと」と名前をつけられたのは、
そのお父さんのせいというかお蔭らしい。
お父さんは、大のコーヒー好きな人
みたいで、お客さんや、書道を習いに
大人の人が来ると、必ずコーヒーを
入れてあげるんだって。
コーヒーは、奥さんの同級生がやって
いるコーヒー屋さんに自分の好きな味に
ブレンドしてもらうんだって。
奥さんがまだ病院に勤めていた頃、
お父さんが様子見に来たことがあって、
あちこち車に乗せて連れて行ってた時、
お父さんが「あそこにコーヒー屋がある
からちょっと寄ってくれないか」という
ので、奥さんがそこの駐車場に車を止めると
「僕はあのコーヒーをずっと探していたんだ」
と看板を指差して言ったんだって。
その看板には=幻のコーヒー/トアルコ・トラジャ=
と書いてあったんだそうだ。
コーヒーが運ばれてくると、まるで大切なもの
を扱うようにそっとカップを持ち上げ、
一口飲むなり「これはうまい!」と驚きの声を
上げたんだって。
それ以来、奥さんがお父さんに電話を掛けるたびに
「あのコーヒーを送ってくれないか」と言っていた
らしい。
それで僕の名前は、トアルコ・トラジャの最初の字
から「とと」になったと奥さんが話してくれたんだ。
お父さんは、ベレー帽を少し斜めにかぶっていて、
とてもおしゃれらしいよ。僕はまだ会ったことない
けど、一度会ってみたいよ。優しい人みたいだから。
じゃあ眠くなったからまたね。
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